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PCMとDSD

コンシュマエレクトロニクスの規格は、音楽業界や映画業界などがある意味自分たちの都合のよいものをチョイスして決めてきた経緯があります。そのあとコンピュータ業界も規格にかかわるようになってきました。
個人的にコレクションしているCDなどには、歴史的な価値はありませんが、国会図書館スミソニアン博物館などに所蔵され何十年もあとになって研究の対象になる場合に初めてそのソースに歴史的価値が生まれます。しかし保管されているものは、マスターテープではなく、一般に販売されたものが保管保存されています。そうですから、残しておくものはできるだけクオリティーが高く(記録されている音楽のクオリティーではなく、記録方式)後々簡単に再生でき、当時の状況を伝えるものが良いのではないかと僕は思います。
昔、文化人類学の研究になると思いますが、アメリカのフォークソングスミソニアン協会が収集していたときのこと、フォークソングの歌い手(レッドベリー)が婦女暴行の罪で収監されていました。そこでスミソニアン協会は、当時最高の技術をもったビクターレコードに要請して、獄中で彼の歌を録音しました。その録音があるおかげで、何十年も後にアメリカのルーツミュージックを遠くはなれた日本の僕が聞くことができるわけです。
これはちょっと特殊な例です。しかし後世に残すという観点から見るならば、現在音声を記録する方法が2つあり、CD-DAで有名なPCM(Pulse Code Modulation)とSACDDSD(Direct Stream Digital)、個人的にはDSDの方が良いのではないかと思っています。
現在家庭用の規格として、CD-DA以上の音質(情報量)にするためにPCM方式のDVD-AudioDSDSACDがあります。しかしダウンロードなどへの移行もあり、CDの様に普及していないのが現実。
録音する現場でも初期の古いデジタルテープレコーダーや、現在スタジオで標準的に使われているデジデザイン社のProTools(パソコンのHDDに録音するソフト)がPCMで音声をあつかっており、DSDのマルチトラックのレコーダーや編集ソフトがそれに対して充実していない現実もあり、PCMの方式のソースが数の面からは優勢です。
気持ちはDSDで(たとえそのときは消耗品の音楽であっても)文化遺産として・・・、でも現実としては民衆に売れた物が保存され、後世に伝えられられるので、クオリティーは2次的、3次的な要素なのかもしれません。ちょっと残念な気がします。